放置ぎみで、ずびばぜん!m(_ _)m
ヨコハマメリー
2010年06月10日 (木) | 編集 |
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私は、横浜で生まれ、横浜で育った。
つい最近、マイミクさんの日記で、「メリーさん」の事を知った。
ネットで色々調べていたら、非常に興味がわいた。
彼女は、米軍相手の娼婦であったこと。パンパンとか、
私の父は「パンスケ」と呼んだ。白人相手の「白パン」黒人相手の「黒パン」
1995年故郷に帰るまで、現役を貫いたというのも驚く事実だ。


もしかしたら、どこかで遭遇してたかもしれない。
映画や、お芝居にもなっているということ。この映画は、ドキュメンタリー。

ご本人が中心という作品ではなく、彼女に関わった人達の証言が中心。
たまに、彼女の写真や映像が、使われている。
何しろ、回りの人の証言だけなので、ますます、本人像に興味がわく。
戦後、凄い速度で、様変わりして行く横浜という街が、彼女の目に、どう映っていたのか…。

愛する恋人を待ち続けて、娼婦を続けていたとしたら…。
戦後1~3年の間、外人墓地や、根岸の墓地には、混血の無数の赤ん坊の死骸があったと。
数は、800~900体。それを「メリーさんの子供たち」と呼んでいると。
彼女には子供がいなかったのか?家族を作りたいという願望はなかったのか?
この映画の中からは、凄い数の妄想が膨らんでいきます。

彼女が実際出演した映画も作成されたようだが、フィルムは、今だ行方不明。
ご本人が、自叙伝を書いて残していたら、もっと真実がわかったのに。。

この映画には、「特典映像」が、付いていました。
彼女の1番の理解者であったと思われるシャンソン歌手の永登元次郎さん。
彼は、末期癌に侵されていて、亡くなる4ヶ月前の、コンサートの模様が入ってる。
涙をいっぱいためて、「これが自分の最後になるであろう」歌を、歌うシーン。
これには、マジ涙出ましたよ。この短い歌の中に、色々なものが凝縮されてた気がする。

癌に蝕まれた身体で、メリーさんの老人ホームへの慰問。
この中には、動くメリーさんの貴重な映像が入っている。
すっかり、薄化粧の普通のご老人になったメリーさんは、気品高く
かつて、絶世の美女と言われた、面影が残っている。綺麗なおばあちゃんですよ。
元次郎さんに「ありがとうございました」と言った可愛い声…。

私は、彼女は、物凄く頭の良い人だったような気がするんですよ。
本人が書いた、手紙の文章の素晴らしさ、文字のうまさ。。

もし、生きてられたら、お話してみたかったです。残念です。

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永登元次郎さんが、この世を去った翌年、彼女は彼の後を追うように他界。

人生とは、シナリオのないドラマである。
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