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中村久子に触れて…。
2008年07月01日 (火) | 編集 |
hanabira


人生に絶望なし
如何なる人生にも
決して絶望はない


テレビ等で取り上げられご存知の人も多いと思う。
私は、新聞で彼女の事を知った。
「中村久子女史作品展」があると言うので、観に行って来ました。

4歳で両手両足を失い壮絶な人生を生き抜いた人だ!
20歳で自立の為に、見世物小屋で『だるま娘』として巡業。
4度の結婚も不幸が重なり、興行を抜けてからは、講演、
執筆活動を続けた。昭和12年をはじめ3度来日したへレン・ケラーに
会い「私より不幸で、偉大なる人」と言わしめた。
この人形は、その時へレン・ケラーに贈られた。
69歳の時、母を顕彰し、悲母観世音菩薩像建立。

会場には、彼女の作品がギッシリ飾られていた。
書、色紙、日記、日本人形、編み物、布団、羽織など。
そのどれもが、口で作ったとは思えぬ程綿密にできていて、
縫い目の1つ1つを見てたら、なんか感じるものあったんだよね…。
これを作り上げるのに、どれだけの時間と、どれだけの労力を使ったんだろう?
それ見てたら、瞳が曇ってしまった…。

会場で買って来た「花びらの一片」には、彼女の色々なものが
紹介されている。

「ここまで、苦しい困難に出会う人がいるのか?」ってくらいに
壮絶な人生を送ってるんですよね。生まれも貧しくて…。

3歳で別れた弟との再会のくだりは、もう言葉になりませんでした。
弟は、脳膜炎にかかり、目は丹毒でつぶれ、40度以上の熱。
『姉さん僕はとても助からないから死んでゆくが、姉さんは
身を大切にして長らへて下さい』
育児院に10年育ち、12歳から奉公に出て、やっと会えた弟…。

五体満足でも、自殺する人は耐えません。
手足がなくても、それを「有難い」と言った、中村久子。
「心の満足」を得られたから、頑張れたのではないでしょうか。

※この記事は、平成18年9月に書きかけた記事で、なかなかアップできず
今になってしまったものです。


中村久子女史顕彰会

コメント
この記事へのコメント
何かで見ました。
TVだったと思いますが。

>「心の満足」を得られたから、頑張れたのではないでしょうか。

そうそう!たしか『歎異抄』か何かで救われたと記憶しています。

口で裁縫している場面とか、胸に込み上げてくるものがありました。
2008/07/01(火) 02:01:31 | URL | charlie432 #LbYl9WXI[ 編集]
心の満足…
うんうん。。
子ども達と向きあって、得られたモノの中に入っています。
これからの子ども達と若い人たちのためにも頑張ろうと思いました。

2008/07/01(火) 02:08:06 | URL | おっくう #FrUoCQUQ[ 編集]
無形の手と足
■charlie432
チャーリー知ってたんだ!!
私は、新聞で見て、近くのお寺で作品展があったので行った。

一杯の水も 佛の涙かな

って、のがあってね。良い言葉だよね…。

歎異抄に出会い、「生かされていること」に感銘する。
って書かれているね。確かに。

私たちは、すべての面で、彼女より恵まれているよね。
「ありがたい」と思います。本当に。

自分が、この立場だったら、ここまで立派に
生きる事ができたのだろうか?
最後は、献体してるんだよね。。

■おっくう
やっぱね~物質では、人間の心は満たされないのよ。
何も、なくても、心が満たされていれば、何もいらない。

今の社会、この「心の満たされてる」人が、どれくらいいるかな?

これからの人達のために、頑張る、おっくうさん!!素敵ですよ♪
頑張ってね!!(o^-^o)
2008/07/01(火) 23:17:35 | URL | Tommy #FhYyxA6I[ 編集]
しあわせは案外と忘れやすくって、ふしあわせは治りかけのかさぶたみたくいつまでも気になります・・・。ここに今いることがしあわせだときずくのは、いつも体調を崩したときですね。
時代性の問題もあるけれど、健常、障がい。社会がそれを本当の意味で受け止められるのか?これからの最大の課題を提示なされたのかもしれないですね・・。それはノーマライゼーションなんて安っぽい概念を超えて、そこに在る優しさなのかも・・・。

2008/07/02(水) 00:19:26 | URL | sherbet24 #-[ 編集]
久しぶりに
久しぶりに名前を見ました。
そうです。こんな方がいらっしゃったんですねぇ。
自分はたいそうに「幸せがコンセプト」なんてサイトを作って自己満足しています。その幸せを測る尺度って何ですかねぇ。
その持ち方によって、周囲から見たら全く同じことが幸福にも不幸にもなりえるのでは思います。
 ゆきたんくは楽器を弾きます。弾いている時はとても楽しい。しかしプロのミュージシャンを生業としていた場合は、自分のテクニックにいつも悩んでいるのだと思います。
 腹一杯食べることができて満足しても、胃袋の存在には気づかず、腹痛になるとその存在に気づく。sherbet24さんが言っておられるように幸せな時ってそれに気づいていないのかもしれません。
 今、「自分の出来る範囲で精一杯やろうとする」姿勢を持つことが出来れば幸せということを意識してかみ締めていこうと思います。
2008/07/02(水) 00:55:49 | URL | ゆきたんく #3v9IlUEY[ 編集]
手のない案山子
■sherbet24
この頃に比べると、今は、比較的障害を持つ人にも
優しい時代になって来てるとは思うのよね。
この頃は、本当に「見世物小屋」しかなかったか
もしくは、人の目の前に晒さない。閉塞的な世界であった気がする。

五体満足が上かと言ったら、それは間違い。
それで「上下」を作る事自体ナンセンスだと思うわね。

問題は「心の豊かさ」。心が豊かであれば、人間は
最高の至福を手に入れられるんだと思うわね。

■ゆきたんく
お久しぶり!!(o^-^o)

「幸せの尺度」は、難しいわね。
人それぞれ求めているもの、満足するものが違うから。

「猫さえいれば幸せ」な人。
「犬さえいれば幸せ」な人。
「動物がいなければ幸せ」な人。

普段、人が感じないものの中にこそ、幸せってあるのかもしれないね…。

彼女は、自らの幸せよりも、いろいろな人の「心の救い」的
存在であったと思うんですよ。
「手足がなくても、ここまで頑張れるから、あなた達も希望を
けっして捨てないで、生きていってくださいね」ってね。

自分さえよければが、1番いけません。
2008/07/03(木) 10:11:30 | URL | Tommy #FhYyxA6I[ 編集]
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